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レナータ・オゼロヴァ

新規編成されたポートモレスビー派遣の国際ウィッチ隊のリーダーに抜擢された若い少尉。部隊の中では唯一実戦経験もあり、空戦センスも高い。直近の戦闘で負傷した経緯があるが・・・。

出身国



オラーシャ帝国

——「ここは私達の国なんだから」

アマーリア・シュタイナー

陽気なノイエ・カールスラントの大地で育った、元気いっぱいな女の子。形から入るタイプで、マルセイユ大尉に憧れてゴーグルを着用している。しかし反面、論理的な一面を見せることも。

出身国



帝政カールスラント(ノイエ・カールスラント)

——「はい、私もマルセイユ大尉のようになりたいです!」

リア・グラッドストーン

代々羊飼いの家系出身の若いウィッチ。内向的な性格だが、羊飼いという職業からくるものなのか、周囲への気配りが上手。隊の中では若いながらも、一番のしっかりものか。

出身国



ブリタニア連邦

——「皆のことは、ちゃんと見ています」

ケイトリン・ハーディング

新聞部に所属していたが、ネウロイとの戦線が広がるに連れ志願したリベリアン。レナータの次に年長でありサバサバした性格の姉御肌。しかし実戦経験そのものはなく、非情な戦況を目の当たりにして・・・。

出身国



リベリオン合衆国

——「新聞記者にでもなろうと思っていたのだけれども、この戦争でこの有り様だ」

高田雪江

非常に珍しい固有魔法の適正を持った若い扶桑撫子。しかし固有魔法の片鱗こそ見せるものの、空戦技術に伸び悩み塞ぎこんでいた。戦闘経験のあるレナータに強い憧れを抱いている。

出身国



扶桑皇国

固有魔法



魔導針(感度増幅・レーダー)

——「英雄になんかなれないって、私にはわかっているんです」

富士見晴代

扶桑皇国の武器マニアな少佐。ナイトウィッチのエース。発射した弾丸の弾道を調整する固有魔法を持つ。負傷してポートモレスビーで療養しているところでレナータと出会う。

出身国



扶桑皇国

固有魔法



魔導針(弾丸誘導)

——「あんたを追ってきたネウロイは全部私が片付けた、感謝してくれ」

第一章
ポートモレスビー
嫌な色の海だな、とレナータ・オゼロヴァは思った。確かに見た目は綺麗である。どこまでも際限なく広がる蒼色の海には無限の可能性を感じる。
だが同時に、それは無限の恐怖を孕んでいるようにも見える。人類とネウロイを遠ざける自然の慈しみが崩れ去り、どこか裏切られたような気持ちになる。それが嫌な色なのだな、と彼女は感じた。しかしそれでも、この海には絶大の信頼を寄せなければならない。

ネウロイは水上移動を嫌う。

それは気づけば祝詞のように皆が呟く言葉となった。扶桑海事変があり、そして洋上の岬に位置した第501統合航空戦闘団の会敵があり、その神話ももはや廃れることになるかと思った。

しかし裏腹にそれは学者たちが新たな仮説を立てるための材料となり、やれ何カイリまでは安全だのやれ海上を渡る型は突然変異だの、楽観的な予想が飛び交うようになった。それはもしかすると我々の強い希望の表れなのかもしれない。でもそれを信じ切れない自分がいた。

レナータは甲板の安全柵に背中を預け、ぼんやりと空と海へと交互に目線をやった。

「安全な地での訓練、か・・・」

独り言にしても小さすぎる囁きは波の音、そして波濤を切り裂くように進む輸送艦の機関音に発せられると同時にかき消された。自分でも何を言ったのか、よくわからなかった。


「少尉!」
「レナータ少尉!」
声を耳にした途端、レナータはうっすらと笑みを浮かべた。

そう、そんな事を考えている場合じゃない。隊長なんだもの、頑張らないと。

「どうしたの、そんなに慌てて」
彼女は優しく言おうとしたが、どうしてもうるさい洋上では大声にならざるを得ない。それが怒られているという風に取られたのか、目の前の少女たちは肩を強ばらせ、申し訳無さそうに声を絞り出した

「す、すみません! もうかれこれ——どれぐらいでしょう、とにかく、飽きたので少尉にお話をと思ったので、あ、あります?」

「いいから」
へんに堅苦しいのはね、とこれで何回目かわからない注意をできるだけ笑顔で言う。声のトーンで優しさを出せないのであれば、表情や仕草で伝えるしかない。

「すみません!」

「少尉もこちらに来て、何かしましょう」

「何かって、何よ」
この子はいつもこうだ。勢いだけすごくて、後の事はすっからかん。でもそれが少女らしくて、愛らしくて、レナータはとても好きだった。

まるで自分があの戦場の中で失ってしまった何かを自分の部下の中に再発見したようだった。

「それはほら、これから考えるんですよ。さあ少尉、行きましょう!ポートモレスビーに着く前に、皆でしっかりと親睦を深めないといけません!」

「あ、そうだった・・・言ってなかったわね、私達はポートモレスビーに行くわけじゃないわよ」

ええっ、と二人の驚きの声が上がる。

レナータは深い溜息をついて、彼女らの頭をぽん、と叩く。
「あなた達、辞令を全く読んでなかったのね? あれだけの時間があって? もう何日、何週間、何ヶ月船に乗っていると思っているの」

「私が乗り込んだのはつい先週のことですが」
ああそうか、とレナータは心のなかで合点が行く。

確かにこの部隊は寄港するたびに装備なり何なり受け取っている。そして時たまに、隊員も。

国家間の連合部隊だからそれも仕方がない、一箇所に確固たる基地を持ってそこから発動するわけではない。行くところ行くところで少しずつかけらを寄せ集めながら、そのかけらでいったい何ができるのか頭をこねくり回すのが今の仕事だ。

目の前の彼女はまだ拾ったばかりの新しいかけらだから。

「もちろんあなたは知っているわよね、アマーリア」

「え、ええ・・・なんとなく、は・・・?」
ダメね、てんで話にならない。

まぁ、年端もいかない子供なんだから仕方がないか。若い部隊長はそんな事を考えながら、顎に手をやる。どうしたものか、どこから始めたものか。

そもそも、この話をするのは何度目か。

しかしそれだけ自分に威厳がないということかも知れない。指揮命令系統なんていう発想はそもそも彼女たちの頭のなかにはないのだろう。

それも無理もない、ちょっとばかし魔法が使えるからと急いで軍に連れてきて、形だけの基礎訓練を受けさせて「持ってきて」いるのだから。責めるのであれば彼女たちは二割、上層部が八割といったところ。

いや、一対九か。

「しょうがないわ、皆を連れてきて頂戴。——ああ、それはよくないわね、甲板なんかに出たら皆集中できないでしょう。アマーリア、皆に私の部屋に集まるよう伝えてくれるかしら」

「ヤヴォール!もちろんであります!」
「その後は、何かします?」
「何かって、ちゃんと計画練ってきてから来てね?」

了解しました、と少女はいたずらっぽい表情を見せて、スキップしながら船内へと消えていった。
アマーリアと呼ばれた少女も少しレナータと彼女の消えた方向へと目配せを繰り返してから、船の微かな揺れに脚を取られぬよう、すり足をするように船内へ戻った。


残されたレナータは、そっと水平線に目をやる。

やはり色は変わったようには見えない。彼女たちにも、少女たちにも——部下たちにも、同じように写っているのだろうか。きっとそうは写っていないだろうなと彼女はくつくつと笑う。彼女たちは何も見えていない。

それでいい。最初から見えていたら、彼女の立つ瀬がない。

無限に広がるということは、無限に残酷なんだよと彼女は思う。随分と年をとったみたいだ。実際は少女たちと全然変わらないのに。

むしろ、自分だって少女なのに。こんなところに、いるはずじゃないのに。
それは皆同じだ。皆こんなところにいるはずじゃない。それは誰しもが分かっているけれども、口にしない。
誰かが口にしたら、自分だって、自分だってとどんどん崩れていく。

そしてあとに残るのは、何も——。
『帰りたいよ』

また、あの声がする。
硝煙の匂い、血の匂い、嫌なものの匂い、波の音。

『レナータ、私もう、帰りたい』

私だってそうだよ、と彼女は言う。
また波の音が彼女の独り言をかき消していく。そっと我が子の口をふさぐ母のように。それは言ってはならないよ、と諭すように。


「少尉」「少尉」「少尉」
「遅いですよ」

ごめんなさい、とレナータは笑う。主役はパーティーに遅れてくるものだから?
「もう皆、仲良くなったのね」
それはもう、と少女は胸を張る。
「同じ部隊なんですから、当然のことです!」

大変結構なことよ、とレナータは頷き、簡素なテーブルの上に書類を置く。
慣れた手つきであるが、彼女自身書類なんて軍に入るまで触ることすらなかった。
まるでお父さんみたいだ、と少女たちは思った。あれはお父さんがやる書類の置き方だ。


「随分とあなた達を混乱させてしまったみたいね」
レナータの声は心の底から申し訳無さそうだった。自分が彼女たちの立場だったらどう思うか、そう考えると胸が傷んで仕方がない。

「そして、巻き込んでしまったことをまず謝罪するわ」
誰も、一言も発しなかった。巻き込まれたなんて思っていないし、巻き込んだなんて思ってほしくない。
そう皆思っていても、誰もそれを口にしなかった。これは部隊長の、部隊長なりの心の整理の仕方なのだ。部隊長の声のトーンでそれはすぐに分かる。彼女は、何かを悔やんでいる。そしてそれはきっとこれから分かるのだろう。
十代前半の少女たちではあったが、あるいはその若さと感受性の高さ故に、目の前の女性の気持ちを手ですくうように感じ取れたのだろう。

「改めて紹介させてもらうわ。私はレナータ・オゼロヴァ。オラーシャ空軍少尉。よろしくね」
背筋を伸ばし、綺麗な敬礼を見せる。

おままごとで昔したっけ、こんな事。それが今や本物なのだから、つい笑ってしまいそうになる。
十九歳のお子様が、軍服を着て敬礼だなんて。
しかし少女たちが返したのはしっかりとした返礼である。そう、基礎訓練を端折ったと言っても、これだけは様になっているのねとレナータは思った。それがまたおかしいようで、悲しいようで。

「私が預かるのはポートモレスビー守備部隊、その部隊長を努めさせてもらうわ。
そしてこれは、あなた達が所属する隊となります。以後、この呼称を使うように。
分かっていると思うけれども、これは全く新しい部隊よ。今までの軍の組織図には載っていない、まっさらな部隊。まぁ、軍ってそういうの多いのよね、任務に応じて作ったり壊したり。
でも栄えある第一期と言うことに多少の誇りは感じていいと思うわ」

「ポートモレスビーは要所と言われています。この辺りの海域に浮かぶ島国では、ストライカーを始めとする軍用品に使われる天然ゴムや石油が取れます。
軍需産業の台所みたいなものね、極めて重要な戦略的価値がある」

「しかし、激戦区ではないわ。むしろ前線ですらない。ニュース等でも見たとは思うけれども、ネウロイは水を嫌います。
そりゃ、多少の水だったり狭い海だったりすれば渡って来るけれども、ここまで海のど真ん中だったらネウロイ発見の報告は今まで一度たりとも上がっていないわ」

「ポートモレスビー守備部隊はこの海域の北端部にある島で訓練をしつつ、警備任務に当たることが任務です」
レナータは海図を見せながらそこまで説明すると、ゆっくり部屋を見渡した。

少女たち、彼女の部下たちは真剣な眼差しで頷いている。

良かった、分かってはいたけれども、授業を真面目に聞かない不良はいないようね。

「とはいえ」
彼女は再び書類に目をやりながら小さくため息をつく。

「あなた達はまだ基礎訓練をあがったばかりの新人。新人と言っていいのかすら怪しいぐらいよ。
もちろん貶しているつもりはないからね。
軍がどうにかしているのよ、こんな部隊を作っちゃうなんて。
ただどこもかしこもウィッチが足りないの。一刻も早く使い物になるようにしないと、前線が回らないのね」

「皆も第501統合航空戦闘団の話は聞いているわね。
皆が基礎訓練に入っている間ぐらいかしら、戦果が出始めたのは。
考えてみれば当然のことだけれども、国同士で戦争しているわけじゃないんだから、カールスラントとか扶桑とかでひとまとまりになる理由は全くないのよね。そのために作られたのが統合航空戦闘団。
今まで何で早く国際的な軍組織ってなかったのかしら。」

「とにかく、今まで国単位で管理していたウィッチを全世界の共有財産にするようになったわけ。
もちろん、今までどおりカールスラント空軍所属、といった縦割りの組織は存在するわ。誰だって、他人より自分が大事、国防には力を入れざるを得ないもの。」

「でも、こうやって国際的な運用が大事だと気づいた途端、連合軍は躍起になってウィッチ部隊の育成に注力しているわ。
一箇所で管理して訓練するほうが楽だものね。
その過程で、ここ半年で幾つもの小さなウィッチ部隊ができてきたわ。私達はその中の一つというわけ。そして現地で経験を積みながら訓練を行う——一石二鳥っていうわけね」

「そういう意味では、ポートモレスビーというのは理にかなっているわ。
軍戦略的に重要だけれども、守る必要性は実は敵の特性上必要ない。でも万が一、万が一落とされたら大変なことになる。
そこで私達新人ウィッチ部隊が此処で訓練をしながら、最悪の場合の切り札として駐留するの」

最悪の場合という言葉に反応したのか、切り札という言葉に反応したのか、部屋に軽い緊張が走る。
はじめての実戦を垣間見る機会だ、無理もないだろう。
牧歌的とまでは言えないかもしれないが、比較的平和な生活を思い返せばすぐというぐらい最近までに送っていた少女たちに、戦況というものを受け入れるには一筋縄ではいかない。それも微妙な状況である。

これがむしろ戦火のまっただ中、敵の攻撃をかいくぐり徹底抗戦せよという命令だったら受け入れるのは容易だったかもしれない。
中途半端な覚悟ほど、決めるのが難しい物はない。人は白か黒かは瞬時に見極められるものの、それが灰色だったら二の足を踏む。

ポートモレスビーとはそういうところだ。

レナータも辞令を見た時、これをどのように解釈して良いか迷ったものだ。
最悪の事態を想定せよというのは軍人の口癖のようなものである。常に最悪の事態を想定していれば、たいていの状況はそれより軽いのだからなんとかなるだろうという考えである。
当然のことではあるが、これがいかに難しいかは実際に経験してみなければわからない。
だからこそ、その難しさを理解してレナータは辞令の解釈に時間を要したのだ。常に最悪の事態を想定していれば、この次来るべき局面が最悪の事態なのかそうではないのか、感覚が麻痺してしまう。

そのための合理的な思考だ、とレナータはその時作戦書類を握りしめて自分に言い聞かせたのだった。最悪の事態とはなにか、そしてその確率は?

「そんなに緊張しなくていいからね」
とレナータは前髪をいじるようにしておどけてみせた。
「そんな難しい話じゃないから」

「簡単にいえば」
全員の目線が、こちらに集中する。この感覚。
嫌いじゃない。

「南の島で、環境を変えてじっくり訓練に励みなさい、ってことよ」

第二章へ続く