今と昔 - Focke-Wulf

イラスト今昔が今回のブログのテーマということで遡ってみるとピクシブ初投稿が2010年…8年前…8年??
語るより見るのが一番!ということでアナログを除くデジタル最初期から…

割と自信満々に投稿してるのが恥ずかしい…でも皆そんなもんですよね?ね?(念押し)
続いて中期の頃、このサークルのメンバーの皆さんや他の絵描きさんから助言を貰いつつ完成させた作品になります。

色々と直せてない部分も多いですが、アニメ塗りで描いた作品としては自分の中ランキング1位です。
しかしこの頃から技術的な面を気にするあまり、楽しく描くという路線からずれ始めてなかなか思うように
描けない状態が続きました。それでもちょこちょこ描きつつ最近楽しく描くという感覚を取り戻しつつあります。
それでは最新のイラストはどんな感じに…?ということでどうぞ!

ほとんどピンしか描いてなかったので2人描きました。マルゲルの組合わせ以来でしょうか。
いらんこ中隊再始動に加えてSW関連の動きが急に活発になって非常に嬉しい限り…今後が楽しみですね!

さて、今昔の方はこんな感じになります。
最近ピクシブにはあまり投稿してませんが、ひっそりツイッターでワンドロに挑戦したり同人誌を作って頒布してみたりと技量云々は置いて
おいてやりたいことやってみたい事を楽しみながら描いています。

今後どういう風になるかは風の気分次第だとは思いますが、思うような絵をパパパッと描けるように楽しく描いていこうという
大雑把な目標で気張らずのんびりやっていこうと思います!

自分の画歴を振り返ると実に8年以上経っていました。当時は5年勢なんてのが雲の上のような存在に見えていましたが、それすら越えた今、自分はどこにいて、後の者からどう見えるのかなどと思ってしまった落蓋です。幼少からメモ帳に落書き大好きマンが絵をここまで人生の軸としているとは驚き。
とりあえず早速、イラスト始めたてペンタブを買って間もない頃のブツを公開します。

これが最古、8年前に描いたエイラで、これ以前の半年とこれ以降少しの間はアニメのキャプチャを模写してました。我ながらコピー技術は上々と思う反面、自力で作り上げる力が全く無いことに悩んでた気がします。同時期に2ちゃんの絵描きスレをわざわざ見に行って無駄に落ち込んだり励まし合ったり(いや、無かったかも)、今よりは刺激に溢れてました。私の青春です。

半年後、まだ垢抜けず。これは今でも覚えてて、これは普通の線画の上にところどころ太くなってる部分の線画レイヤーを用意してましたしかもその線はより太かった線を削りながら整形していった
要するに筆圧を使いこなせなかったのと、1000ピクセル程度のキャンバスで描いてたのがこの頃の特徴です

さらに2年経つと古典化が進み、線を失います。大学でもナイフペインティングばっかやってた頃だと思う
記号化に頼らず形を捉えかけたてた様子

もう2年進められます 5年経って新たな方向性で乱降下していた頃。あながち雲の例えは間違ってなかったかも
ストライクのような元気な少女と銃の組み合わせが慣れたあたりで、今度はシリアスな方面の流行が始まった気がします。BRS風テクスチャに注目が集められていたのもこの時期かも、このあたりで退廃ジャンル人口が増えたんじゃないかと思うんです

そしてその2年後、今に至る
メカと少女の融合はだいぶマイルドになった気がします。艦これの影響が強いと思うんですよね
シリアスなテーマを茶化したような、パンクっぽさを感じさせる流れがあるといった感じ。疲れてきて説明が雑になってきた

デザインは流行とマッチして評価を得るのだと思うようになってきました。キャラのマネキン化時代。今までは世界観からキャラが生まれていたのが、キャラを中心に世界を作るようになっているような、、次々差し替えて簡単に消費できるフォーマットで描くことが次の2年の流れになっていくんじゃないかと勝手に予測します。

イラストを初めて6年

絵をはじめて6年になります。
2012年の11月26日にpixivに初投稿しました。
その時の絵がこちらです。

何が恐ろしいかって、これ模写なんですよ。
想像で描いているのではなくて、目の前にお手本があってそれを常に参照しながら描いていました。
たぶん1時間ぐらいかけたのではないでしょうか?

更に恐ろしいのが、当時私は「この絵イケてる!」って思っていたことです。
「まぁ、お手本と比べたらちょっと違うかもしれないけれども、でも大体こんなだよね?」と。

不思議ですよね。
多分絵をみる目が養われていなかった、ということなのでしょうが(そんな高尚なものではなさそうですが)、それにしても不思議です。

しばらくすると「この絵ひっどい!」ってなり、新しい絵を描いて「これいいじゃん!」となって、またしばらくすると「この絵ひっどい!」ってなるわけです。

例えばこれらは2年近く前の絵ですが、描いていたときは「おーイケてるじゃんー」って思っていたのですが、清書しだすとゴミに見えて途中でやめてしまいました。

たぶんこのループを繰り返して人は成長していくのだと思いますが、しかし途中で「この絵いいじゃん」って思うのがすごく不思議なんですね。客観的に自分の絵を評価できていないということです。

そういうことを繰り返していると、一切自分の絵に満足できない体になってしまいました。
なんか薬物中毒みたいですね。

それはさておき。

私の絵の変化を見ていきたいと思います。
技術的なこと(技術って言えるほど大したことはまったくない落書きなのですが)でいうと、線に強弱をつけるようになりました。そして線がすごく細くなりました。

これらはやや最近の線画ですが、線が結構細くなりました。

線が細いのは良くないと昔から色んな人に言われていたのですが、なんか細くないと落ち着かず・・・。
ある程度「これかな」という細さを選ぶようになりましたが、どうでしょう? 細すぎでしょうか?

また服のシワをオーバーに描くのが好きになりました。
好きな作家さんの影響です。

しかし、塗りは一向にうまくなりません。スクリーントーンも同様です。
そうなるとどんどん塗りが嫌いになってしまって、最近はラフを描いてちょっとペン入れして満足するようになりました。あまりよくないのは分かっているのですが、最近はラフ製造機になっています。


ベタ塗りでごまかしたりしている時期です。

ポーズの勉強として写真からイラストを書く練習もしていますが、あまり・・・。


色をちょっと塗り始めたら「うーんできないや」ってなって飽きてしまいます。

というより、6年前より絵にかけられる仕事が激減してしまったのが停滞の一番大きな原因ですね。学生と社会人はやっぱり違います。

というわけで、これからの6年に乞うご期待?です。

5年間のビフォーアフター

今回はお題が「絵の今と昔」ということで、昔描いた絵を描き直すのをやってみたい!
と言っても、以前PCを買い換えた際にデータを紛失したせいで昔の絵が手元に残ってない・・・
必然的にpixivに投稿した絵の中から候補を選ぶことになったんですが、今年はちょうど艦これのサービス開始5周年。
折角なので5年前に初めて描いた艦これ絵を描き直すことにしてみました。

描き直すにあたってメンタルダメージを負いながらも昔の絵を観察してみると
すっかり忘れていた当時の記憶も薄っすら蘇ってくるもので・・・

当時は確か、最大優先事項として敷波ちゃんのほっぺのぷに感を出したかった、というのと
次点として胸元を強調したかったんだと思います。
胸元は角度的にどうしようもなくて、服を崩して無理やり何とかしようとした痕跡がうかがえますね!(失敗してる)

他には服のリボンを扶桑皇国の服(ストライクウィッチーズ)と同じ形で描くなんて失敗も・・・。
公式の立ち絵は背中を向けているので気付かずに描いてしまって、あとから吹雪型の絵を見て「あっ・・・」ってなった記憶があります。

ということで、5年前の反省はこれくらいにして今回は似たようなポーズでリベンジしてみました。

実際に昔の絵との比較をしてみると、線の太さだったり、ポーズのつけ方だったり、色の選び方だったり・・・
結構変わってたんだなぁというのが実感できました。
逆に背景は全く成長してないですね・・・!

昔の絵を描き直す、っていうのは今までやったことがなかったんですが、今回やってみて色々と発見がありました。
レベルアップのためにも今後は昔の絵の悪いところを確認する、っていうのをもっとやっていけたらなと思います。

鬱ロイド


あけましておめでとうございます。ていうかもう2月も半ばなんですね。時の流れは残酷です。今年もよろしくお願いします。

さて、さっそくですがお知らせがあります。今回からこのブログの内容が若干変更されます。このブログはいつみむらまささんが取りまとめているのですが、先日そのいつみさんから、このようなお達しがありました。

・更新頻度は月1回に
・全員決まったテーマを元に記事を書く
・文字だけでなく、イラストも添えるように

……だそうです。例えるなら、RPGの2周目縛りプレイみたいなものでしょうか。ちなみに私は、ポケモンUSUMでは、トレーナー戦において「おまもりこばんルガルガンでハッピータイム」縛りしてました。まさに資本主義の犬ですね。ルガルガンは狼ですが。

では本題です。1周目である今回のテーマは

「絵の今と昔」

です。……でも私の絵に特に語るようなことは無いので、とりあえず近況報告から入ります。

絵が描けなくなりました(物理)
PCとペンタブが、同時に使えなくなっちゃったんですよね。ざっくり、器機の寿命です。

まず昨年12月半ば、PCが壊れました。故障の原因は、ハードディスクの寿命でした。型も古い機種なので、少ない貯金を切り崩して、中古のPCを買う羽目になりました。財布がピンチです。

で、買ったばかりのPCでさっそくお絵かきを始めようとしたのですが、どうにもペンタブの挙動が怪しい……。カーソルがガクガクブルブルしています。原因を調べてみると、ペンタブの型が古すぎてドライバが対応していないとのことでした。このままではどうにもならないので、ペンタブも買いなおすことになりました。ちなみに当時、正月真っ只中です。

どうにか開店している電気屋さんを見つけて、ペンタブを探します。当然液タブなんて買うお金はないので、板タブ一択です。しかし、いくら店内を探してもペンタブが見つかりません。仕方がないので、店員さんに訊いてみることにしました。

「あの、ペンタブはございますでしょうか?極力値段の安い板タブを探しているのですが……」

すると、店員さんが少し焦ったような表情で、棚を漁ります。少なくとも売り場には置いていないようですね。その後店員さんは在庫を確認するため店の奥へ駆け出し、私はその場で立ち尽くします。少し間を置いて、店員さんがバタバタと戻ってきました。

「お客様、申し訳ございません!国内産のタブレットは現在売り切れとなっております。しかし海外製でもよろしければ、商品をご用意できます。」

「その海外製というものは、どのようなものなのでしょうか?」

店員さんは、一息置いてこう答えました。
「はい、Lenovoです!」
ちゃうねん。

ちなみに実話です。結局その店にはペンタブは一切置いていないようなので、最終的にamazonさんで買いました。1万3000円でした。財布がすっからかんです。

閑話休題。年末年始で絵に関するハード面(道具)を新調したのですが、ソフト面も替えることとなりました。要するに絵を描くスタンスについてですね。

今までは、漠然と絵がうまくなりたいなと思っていたのですが、最近は別にうまくなる必要なんてないんじゃないのかなと考えるようになりました。そんなことより、楽しんで描くことの方が、ずっと大切なんじゃないのかなと。

最近、お絵かき仲間が鬱になりました。鬱の症状故か、連絡を取ろうにも無視されることが多く、詳しい病状は不明です。しかし、おそらく画力面での伸び悩みが要因のひとつではないかなと推測しております。

あくまで個人的な考えですが、趣味というものは、学校や仕事のストレスを緩和してくれるものです。なので、趣味で悩み苦しむ日々が続くと、過剰なストレスが解消されることなく溜まり続け、やがて精神に不調が出てくるんじゃないかなと思います。当然、趣味で上達したいのなら努力が必要です。でも、頑張りすぎるのも問題です。必要以上に頑張りすぎては、やがてパンクするはずです。

てなわけで、私の今年の抱負は「程々に頑張る」です。のんびりと楽しんで描いていこうと思います。

P.S. リーリエお嬢様を描きました。程々にがんばリーリエです。

過去と今と今後と

私ってとてもひねくれ者な性格なのです。

何かを勧められても、あるいは何かが流行っていても、どうにもこっ恥ずかしくなってしまってそれに手を出すことができなくなります。自分でもそれは良くないなと思っているのですが、何か不思議なプライドが邪魔してしまって――あるいは、「私はあなた達とは違う」と思ったりして――手を引っ込めてしまうのです。

特に印象的なのが、高校の時――今でもとても、とても良く覚えているのですが――クラスメイトのある男の子が私に「この小説ほんっと面白いんだよ!」とある本を勧めてきたのです。

それが『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』という本です。


2005年に発表されてベストセラーになった本で、9.11の同時多発テロとドレスデンに空爆を題材にしたフィクションです。
当時、連続でNYタイムズベストセラーかなにかになっていて、誰も彼もが読んでいる本でした。私はその本にとても興味を持っていたのですが、ベストセラーだから手を出すのが恥ずかしくて、多分サリンジャーとかすごいひねくれたものを読んでいたはずです。

さて、なんでそんな話をしているかというと。

実は最近この本を読んだのです。
勧められたのがきっと2006年か2007年頃のことですから、なんと10年越しですね。
恐ろしい。

読んでいて、当時高校生の自分だったら読むのがきっと辛かっただろうなと思いました。

私、実は9.11同時多発テロの話がとても苦手なのです。
得意な人なんていないかもしれませんが……。

私は直接テロで知っている人を失ったり、その映像にトラウマを覚えたわけではありません。
2001年、私が11歳だったときの事件ですが、何よりも印象的だったのは飛行機が突っ込む映像でも、ビルが崩れる映像でもありませんでした。

一番印象的だったのは、真珠湾攻撃の映像が何度も何度も繰り返しテレビで流れていたことです。
このあたりがきっと9.11に対しての、日本との報道の違いだったのではと思います。

同時多発テロはアメリカ本土への攻撃ですが、これは真珠湾以来数十年ぶりの攻撃だったのです。
だからアメリカでは、ひたすら真珠湾の攻撃の映像を流していました。
パールハーバー以来の……と。

それで私は日本の血が流れているから、とても気まずかった記憶があります。
別に何かやましいことがあるわけでもないのに、11歳という多感な年齢だったせいか、とても苦しくて。

だから9.11の話を聞くと、私はどうしてもその時の気持ちを思い出してしまいます。
何なんでしょうね。トラウマというわけでもないのですが、不思議なネガティブなノスタルジアを感じるのです。

そんな本を読みながら、ふと中学や高校の頃のことを思い出していました。
そういった経験の積み重ねが私を作っているのでしょうか? どうなのでしょう?

結局何を言いたいかよくわからないブログになりましたね。平常運転でしょうか。

絵も頑張っていきます。
来年の頭ごろに、漫画作品を発表しますよ!期待していてくださいね!暗い話だけど!

ロシア語で考えるんだ

当方実家暮らしなのですが、遂に家族全員がスマホを契約してしまいました。最新のiOSのアップデートも重なり我が家のADSLが断線気味のイヤホン並みの使えなさとなったので、こっそり個人でWiMAXを引きました。落蓋です。

メッセージという映画を見ました。言語がテーマで、評判通り哲学的でややこしい内容なので感想は割愛します。ネットを見回すといっぱいあります。
既存の言語学で掘り下げられたことを悟ったかのように書くのも井の中の蛙な感じがするので、身近な例かつ裏付けとか予備知識ゼロで書いていきます。
言語って音声や文字以外にも広い範囲をカバーしていると思います。言語の最低限の条件って媒体であることな気がします。
つまるところ芸術なり造形物も言語として成り立たないかと思った次第でして、いろんな作品から受ける刺激は言語として受容している…と解釈できないかと思ったのです。学校なんかで芸術鑑賞の感想を言葉で書かせられるときペンが進まない原因もここにあると考えます。文字を用いて伝えるには小説、リズムであれば音楽がそれぞれの言語として働いているとしたら?
伝えたいことの根源は頭の中で混沌としてて、それを順に発されたものが言葉、読み取る順番が制限されないものは造形物、というそれぞれの言語に知らないうちに囲まれて暮らしているんじゃないかと思えます。たぶんいちばん手軽とかで使いやすかったから言葉をコミュニケーションの軸にしているのだと思います。
多様性みたいなことまで考えたくなってきますが支離滅裂になる前に切り上げたいと思います。

発進ユニット(ミニ)

先日、Twitterでストライカー発進ユニットの立体物を見かけまして、
うわーすごい、こんな細かく作ってある・・・!ブレイブのもいいけどストライクのもやっぱりかっこいいよなぁ!ここの重厚感が(ry などと勝手にテンションの上がってたノホロです。
素敵な作品に触発されて、今自分で作るならどうなるだろうか、やっぱり紙でデフォルメかな?と作るつもりはないのに落書きを。

サイズ的に各部の開閉ギミックは無し。階段も無くして、ユニットクランプは幅を広くとる感じで・・・
タイヤは無しで、固定用のアームも確か501では使ってなかったから格納状態で・・・
まだキャラクターのデフォルメに対して情報量が多いような・・・
・・・なんて、作らないつもりだったのに描き始めると色々考えてしまいます。

今まで持ってなかったグレーの画用紙も手に入っちゃったので、時間ができたら作ってみようかな?


夜中になんとなくテレビを付けてみたのですが、そのときのナレーターの声がめちゃくちゃ可愛かったです。調べてみたらぱるにゃすでした。

さて、最近秋アニメの放送が始まりましたね。
『鬼灯の冷徹』 『ラブライブサンシャイン』 『干物妹!うまるちゃん』 『血界戦線』『結城友奈は勇者である』……
数年前に流行った人気作品の続編が集中していますね。そういえば『鷲尾須美は勇者である』が始まる予習として『結城友奈は勇者である』を見直していたのですが、モブで田中あいみさんが出演していたんですね。こういう発見って少し嬉しい気持ちになります。

『キノの旅』 『おそ松さん』 『魔法陣グルグル』
時代を遡りすぎじゃありません?過去作品を現代の作風でリメイクするというのは悪いことではないと思うのですが、それにしてもここまで多く重なるというのはびっくりですよね。次の冬アニメでもカードキャプターさくらの新作が始まるそうですし、懐古ブームが始まっているのでしょうか。もしくはファン層が既に固定されているので、ビジネス展開としては堅実だという判断なんですかね。

ところで、『少女終末旅行』の絵を描いてみました。OPの謎ダンスが可愛くて好きです。どことなくわさわさした感じが気に入っています。

コレクション

モノを所有したい欲って人間の特徴の一つですよね。
本能的に、何かに魅了されてコレクションしたくなるというのは誰にだってある感情だと思います。

例えば私の父は本のコレクターです。
幼稚園の頃の夢が図書館を作ることだったらしく、三つ子の魂百までといいますか、未だにせっせせっせとミニ国立図書館みたいな感じに本を集めています。ちゃんと読んでいるのか不安になりますが、本の知識は凄まじく歩く参考文献リストです。

そんな父も70を超え、本のデジタル化を業者さんに頼んだとのこと。
ガレージ車3台分、貸し倉庫のコンテナ2個、書斎が2部屋と本があるのでものすごい金額(自分の現役時の年収並み)かかるとかなんとか。
恐ろしいですが、元気なうちに好きなことをさせてあげたいと思います。

さて、私はミニマリストワナビーです。ミニマリストに憧れてあれこれやるけど、なかなか「机とベッドとパソコンだけ!とはいかないものです。

そんな私でも、コツコツとモノを捨てて、デジタル化できるものはデジタル化しています。

本はKindleに、ビデオはHuluやネットフリックスに…

そうやって変えていっているのですが、どうも引っかかるものがあります。

Kindleの本はKindle本体にダウンロードされてていつでも読めるから良いのですが、映画のコレクションをHuluやネットフリックスといったストリーミング配信サービスに切り替えたら、なんか心寂しいのです。

ネット環境につながないと見られない…のは問題ではありません。大体ネットにつながるところじゃないと落ち着いて映画なんて見られないですしね。

でも、クラウドに保管されていて、手元にさっと取り出せないというのがなぜか歯がゆいんです。

パッケージを手にとって、裏面を見たり…
裏表紙が並んでいるのを見たり…

なんか、そういう物理的な欲が出てきてしまうんですね。

実はブルーレイを処分してネット配信サービスで見るようになってから、月あたりの視聴本数はかなり増えました。見られる作品も多いですし、前は見なかったであろうジャンルもよく見るようになりました。

それでも…なんでしょう、この寂しさは。

失ってはじめてわかる寂しさ…?

慣れの問題なのでしょうね。


旅をしたくなります。
古城を巡りたいです。
そんな絵です。